※解説の文章は、それぞれの本の中に書かれた著者のことばです。また著者の所属は、執筆当時の在籍校です。
「授業を拓く」シリーズ
イキイキと活動できる学びの創造
つながりを大切にして
著=舟井綾子(嘉麻市立熊ヶ畑小学校)

 熊ヶ畑小学校では、毎年3・4年生を中心に米作りの体験活動を行い、収穫したもち米は、地域の方々と合同のもちつき大会で使用している。塩水選(塩水に種子を入れ、沈んだ実入りの良いものだけを種籾とする)や籾まき、苗作りは子どもたちの手で行うものの、田植え後の管理はGT(農業博士)任せになってしまい、子どもたちは作業の工夫や米作りの苦労を実感するまでには至っていなかった。米作り体験で終わるのではなく、米の販売や劇作りを通して、自らの課題を見つけ、解決し、自分の考えを発信していく子どもを育てることはできないだとうかと考えた。


「希望の森をつくる」つくり・つながる〜美タミンART〜
著=山下吉也(大牟田市立米生中学校)

 今回の授業では、目に「見える」ものだけでなく「見えない」ものを感じ取りながら描こう・つくろうと呼びかけた。木をつくる時も「見えない」土の中をイメージして、根を張りめぐらした。また、べたつくボンド、思い通りにならない糸、木をつくっていくときは、ほとんどの生徒が心が折れそうになっていた。「できっこない」とあきらめそうになっていた。しかし、悪戦苦闘しながらも、つづけていくと、必ず「答え」が返ってくる。「必ずできるから、あきらめずに続けよう」と繰り返し、伝えた。春を迎え、成長していく木々と競うかのように作品もできあがっていく。みんなに最後に尋ねた言葉は、「もういいかい?」だった。「先生もういいよ。」この返事で、授業はおわることとなった。


ニワトリから学ぶ生命
鶏肉生産企業の支援を得て
著=岡松芙美香(福岡市立月隈小学校)上田裕二(福岡市立野多目小学校)

 「食肉」を教材として取り入れることは、単に栄養教育に終わるのではなく、日々の「食(特に食肉)」を通して生命を感じ、自分の生命が他の生命と深い関わりがあることに気づき、人間も自然の一部であり、自然の恵みを受けて生きていることを自覚する教育になる。そのため、子どもたちが、他の生命との関連性を踏まえ、自己と他者の生命への思いを、体験にもとづいてより確かなものにし、自分の生活や行動を振り返り、生きる力を育む生命尊重教育の教材として私たちは「食肉」をテーマとした教材開発を試みてきた。


出会いのリレーで教材誕生!
紙芝居「おばあちゃんと風船爆弾」の多様な活用を願ってバトンパス
著=堀川ゆかり(八女市立星野小学校)
紙芝居原画作成=友野美保子(大川市立大川東中学校)

 風船爆弾のことを知ったのは、私が、中学校1年生の頃だったろうか。Y中学校の廊下の掲示板に貼られていた古ぼけた新聞記事からだった。かつて八女では風船爆弾を作っていたという内容。そこには、風前爆弾がアメリカまで飛んでいったと書かれてあり、当時の私はこの記事に釘付けになった。衝撃のあまり何回も何回も読み返した。そして、「風船爆弾、覚えておかなければ・・・」という感覚だった。いつか機会があれば、必ず調べ、資料をストックしていきたいと思った。


リプロダクティブヘルス・ライツについて知ろう
著=神代恵美(大川市立大川中学校)

 性の教育では、「関係性」がとりわけ重要であるが、育つ環境の中で刷り込まれてきたジェンダーや、女性差別が残る社会環境により、いまだに女性においては従順で自分で意思決定できない状況が作り出されている。そのことが女性の意にそわないセックス、望まない妊娠、STDなどへの感染を引きおこす。ジェンダーにとらわれた間違った情報、慣習、規範、役割から子どもたちを解放し、自分と相手を尊重し、お互いの人権を守る対等な関係を具体的に学ばせたい。


地域の素材を生かした社会科学習
「宝暦の一揆」の授業化のとりくみ
著=行武秀子(久留米市立牟田山中学校)

 久留米の教研では、地域のフィールドワークにとりくんだり、社会科教材として地元の史跡などのスライドを作成したりして、地域の素材を生かした授業にとりくんできた。自分の授業でも、教科書に載っている資料だけでなく、地域のことを扱った記事を取り上げてきた。歴史が、遠いところで起こったことではなく、身近な地域でも、その時代時代、支配体制の中でさまざまなことが起こっていることを学習してきた。今回久留米藩の歴史の学習会とフィールドワークをもとに「宝暦の一揆」の授業にとりくんだ。


1年「いくつといくつ」から「たしざん・ひきざん」へ
指を使わないで計算できる子どもたちを育てることをめざして
著=平田沙穂(久留米市立宮ノ陣小学校)

 とりくみを終えて一番驚いたことは、全員が指を使わないで計算できるようになっていたことである。同じようにとりくんできた同学年の2クラスも、全員指を使わずに計算できるようになっていた。好きな教科をたずねると、多くの子どもたちが「算数!」と答える。計算は、「できる」「できない」という自己評価がしやすい。計算ができる!という自己評価は、算数ができるという自信を生み出し、算数が好き!という気持ちを生み出しているのだろう。